フィスーン地方にある小さな村のはずれで、1人の少女が旅立とうとしていた。
「待てよアンドレア!」
アンドレアと呼ばれた少女は、足音と誰かがを叫んでいる声を耳にする。
アンドレアは1冊の書物を手にしながら、後ろを振り返った。一人の青年が、アンドレアを追いかけてきたのだった。
「アクィラ、どうして……?」
目を丸くしながら、アンドレアはアクィラに声をかけた。アクィラは彼女の解答に答えず、苛立ちながらアンドレアに言い返した。
「お前、本当に行くのかよ」
「……うん」
「どこに行くかわかってんのか!?この国の外の、よくわからない場所に行かされるんだぞ!」
「そうだね、でも行かなくちゃいけないの」
アンドレアは書物を腕に抱えた。アンドレアにとってその書物は大事なものだった。自分の使命が刻まれている聖書なのだから。
「ここに戻ってこれない可能性があるんだぞ!?むしろその可能性の方が高いんだ。それでも行くつもりか?」
アクィラは必死になって彼女を引き留めようとした。彼の力強い眼差しとは裏腹に、アンドレアを失う恐怖と穏やかな平穏を望む優しさが出ていた。
「聖女になった以上、これが使命だから。私だって、アクィラと一緒にいたいよ。だから一緒に行こ……」
アンドレアは、アクィラの視線から逃れるように顔を俯かせた。体を震わせ、彼女はぽつりと本音をつぶやく。
「……それは無理だ」
アクィラはアンドレアの言葉を遮った。アクィラは、戸惑いと悲しみの表情を浮かべる。彼女の中で意思が決まっているように、彼もまた意思を決めていた。
「母さんや兄弟たちを置いてお前と一緒に旅に出るのか?そんなこと、できるわけないだろ」
「……わかってる」
「俺はフィスーン地方を回って商売するのでいっぱいいっぱいだ。それよりも外の世界で、何があるかもわからない場所で、お前と布教しに行けるわけないだろ」
彼の脳内には、未知の世界への恐怖があった。フィスーン地方から出たことがない田舎者の青年が、すべてを捨ててアンドレアと新天地に向かうことを決断するには不可能だった。
「そうだよね」
アンドレアは彼の意見を否定することなく、静かにうなずいた。お互いの意見と人生が交わることがない、このまま離れていくしかないと、2人の中でそう直観していた。
「アクィラ、今までありがとうね」
「……ああ」
アンドレアは静かに村の外へ歩き始めた。彼女は後ろを振り返らなかった。静かな決意と、死への覚悟を胸に秘めながら、彼女は歩いていく。
アクィラはアンドレアの姿が見えなくなるまで、静かに彼女を見送った。
――数百年後
フィスーン地方に1つの伝承が言い伝えられていた。
聖女が旅に出た後、一人の男が商機をつかんだ。
彼の活躍によりフィスーン地方は栄え、彼の寄進により大聖堂が立つほどだった。
民衆は言う。
『大聖堂前で1人の男が誰かを待ちながら、静かに祈りをささげていた』と。
時同じく、聖女アンドレアがいた時代と思われる本があった。
その本にはこう記されていた。
『聖女アンドレアの布教は成功した。彼女は発展した故郷に驚きながらも、大聖堂で静かに祈りをささげた』と。