【天下を汝に】第2話・転生

ランセルが立ち去ってから15分くらい経過した頃、クリスティーナの部屋のドアからノックが聞こえた。

「……はい」

『私』は部屋のドアを開き、廊下にいた3人の男性を部屋に招き入れた。

1人はランセル、もう1人は小太りの中年男性。

そして最後の1人は『私』の見覚えのある男性だった。

ブロンズのロングストレートの髪に、碧眼の瞳。

優し気な表情と紳士的な佇まいは、世の女性にとって『理想の王子様』を彷彿とさせるものだった。

彼の名はギルサン・スキュータム。

『私』がここに来る前までにプレーしてたゲーム『あさき夢の通い路』の攻略人物の1人である。

ギルサンの存在おかげで、『私』は乙女ゲームの世界に来たと理解した。

それと同時に、クリスティーナという存在を思い出す。

ギルサンとその配下、そして乙女ゲームの主人公である『ヘルベチカ』を恨み、彼らを弑逆しようとした我儘な悪役令嬢。

それがクリスティーナの正体であり、今の『私』を宿している人物というのか。

『私』が1つの結論を導き出そうとしたとき、中年男性が切迫詰まった表情で『私』に声をかけた。

「おぉ、クリス!無事に目覚めたか!」

「えっと、あなたは……」

「ランセルの言うとおり、本当に記憶が無くなったのだな。私は父親のサンローラだ」

サンローラと名乗る男は、悲し気な表情を見せながら、『私』に状況を説明する。

「それで、私の右側にいるのがランセル。左側にいるのが……」

「ギ……、あっ」

『私』はギルサンの名前を出そうと思ったが、とっさに言い淀んだ。

記憶喪失という事情の中で彼の名前を出したら、状況が矛盾してしまう。

そうなったら己の状況を説明しなければならない。

まだ確定的でない状態で彼の名前を出すべきではない、そう『私』は考えたのだった。

「何か言ったかね?」

「いえ、なんでもありません。お父様」

「そうか。彼はギルサン・スキュータム。我が国アトマシアの従属国、ノラリカの王子だ」

サンローラに紹介されたギルサンは、『私』に向かって会釈をした。

「クリスティーナ様、ご無事で何よりです」