ランセルが立ち去ってから15分くらい経過した頃、クリスティーナの部屋のドアからノックが聞こえた。
「……はい」
『私』は部屋のドアを開き、廊下にいた3人の男性を部屋に招き入れた。
1人はランセル、もう1人は小太りの中年男性。
そして最後の1人は『私』の見覚えのある男性だった。
ブロンズのロングストレートの髪に、碧眼の瞳。
優し気な表情と紳士的な佇まいは、世の女性にとって『理想の王子様』を彷彿とさせるものだった。
彼の名はギルサン・スキュータム。
『私』がここに来る前までにプレーしてたゲーム『あさき夢の通い路』の攻略人物の1人である。
ギルサンの存在おかげで、『私』は乙女ゲームの世界に来たと理解した。
それと同時に、クリスティーナという存在を思い出す。
ギルサンとその配下、そして乙女ゲームの主人公である『ヘルベチカ』を恨み、彼らを弑逆しようとした我儘な悪役令嬢。
それがクリスティーナの正体であり、今の『私』を宿している人物というのか。
『私』が1つの結論を導き出そうとしたとき、中年男性が切迫詰まった表情で『私』に声をかけた。
「おぉ、クリス!無事に目覚めたか!」
「えっと、あなたは……」
「ランセルの言うとおり、本当に記憶が無くなったのだな。私は父親のサンローラだ」
サンローラと名乗る男は、悲し気な表情を見せながら、『私』に状況を説明する。
「それで、私の右側にいるのがランセル。左側にいるのが……」
「ギ……、あっ」
『私』はギルサンの名前を出そうと思ったが、とっさに言い淀んだ。
記憶喪失という事情の中で彼の名前を出したら、状況が矛盾してしまう。
そうなったら己の状況を説明しなければならない。
まだ確定的でない状態で彼の名前を出すべきではない、そう『私』は考えたのだった。
「何か言ったかね?」
「いえ、なんでもありません。お父様」
「そうか。彼はギルサン・スキュータム。我が国アトマシアの従属国、ノラリカの王子だ」
サンローラに紹介されたギルサンは、『私』に向かって会釈をした。
「クリスティーナ様、ご無事で何よりです」