彼らが立ち去って5分くらい経過しただろうか。
静かになった部屋が落ち着かず、『私』は現状を再確認することにした。
「ねぇ、ランセル。今の状況がわからないから、聞いてもいいかしら」
「……はい」
ランセルは無表情のまま、静かにうなずいた。
ランセルは状況を整理するには必要だろうと、地図とメモと羽ペンとインクを用意してくれた。
口下手な彼だが、気が利く男性のようだ。
「現在、アトマシアは隣国ゼネゼラタと敵対しています」
ランセルは地図の中央に書かれた国ーーアトマシアを指差した後、地図の左側にある西側の国、ゼネゼラタに指を動かす。
「……そう。それでお父様が戦争を起こそうとしているのね」
「えぇ」
なぜ戦争を起こそうとしているのか、これから起こる悲劇に私は目を背けたくなった。
どうせゲームの世界、いや、もしかすると夢の世界の話かもしれない。
だから深く考えるのはやめようと、私は現状から目を背けることにした。
「アトマシアとゼネゼラタに挟まれてるこの国は……?」
私はランセルの用意した地図に再度目を落とし、間に挟まれている国を指差した。
ランセルは私の質問の意図を汲み取ったようで、淡々と質問に答えた。
「アトマシアの従属国、ノラリカです。先ほどの金髪の青年、ギルサン様が治めています」
「なるほど」
シナリオを追いかけるだけのゲームでは把握しきれなかった情報を、私は必死に得ようとした。
どうせすぐに夢から覚めるだろうという醒めた気持ちと、好奇心が相反しながらも、『私』はランセルに情報を求めた。
「でも、今攻めて大丈夫かしら?背後から別の国から攻められるとかないわよね?」
「その件は大丈夫です。北東のタルテトーム国と同盟を組んでいますので」
ランセルは地図の右上に指を動かし、タルテトームと書かれた国を指差した。
アトマシアと同じくらいの大きさだろうか。少なくともノラリカより大きな国のように見える。
「タルテトームの当主はヒューゴ・フェッテ。クリスティーナ様の婚約者です」
「……え?私は婚約しているの?」
「……はい」
そうだった。ゲームでも彼女は婚約しているんだった。
『私』は婚約という言葉に動揺したが、冷静になって考えてみればそういう設定があったなと納得した。
婚約という現状を受け入れた『私』の表情を、ランセルは見逃さなかった。
「婚約に納得されるのですか」
「え?えぇ、まあそんなものじゃない?」
「……そう、ですか」
ランセルは俯きながら肩を落とした。
『私』はなぜ彼が肩を落としているのか問いただそうとしたが、彼にも事情があるだろうと思い、質問することをやめた。
せめて話題でも切り替えようと、私はランセルに1つの提案をした。
「ねぇランセル。今から父の戦勝を祈ってもいいかしら」
「……そうですね」
せめて父やギルサンが1日でも早く勝利するように、私達は神に祈った。